« 中国人の不思議と日本人の特性 !? | トップページ | 【上海KFC事情】 »

2010年11月 7日 (日)

Morning Running in SHANGHAI

朝ラン。
最近のお気に入りコースは虹口区の自宅マンションから
虹口港に向かって下町を抜けてガーデンブリッジを渡って黄浦公園
黄浦江沿いに外灘のレトロな洋館群と浦東の高層ビルを眺めながら走るコースです。
今朝のタイムレンジは6:45-7:45恐らく往復8Kmほど。
以前、このコースに付いて話した所、ある方より
「じゃあ、太極拳と凧揚げの人が多かったでしょう」と云われたのたが
以前走った時には大勢の観光客しかいなかったので
全否定しました。
ところが。。。
今朝は居ました。
太極拳組が魯迅公園でよく見掛けた人達と違って
シルクサテン系のチャイナ服で揃えた本格的な団体の人達。
あと、凧揚げ組も。。。20組以上かな。
色んな大きさや形をした凧。
鳥(恐らくトンビ!?)の形をしたデザインがポピュラーなのかな?
まるで本物の鳥が飛んでるように操っている人も居て、テクニックも
必要なのかな?
そんなことを考えながら、、、。
走った時間帯に関係があるかもですが観光客は殆んど無し。
以前全く見なかった凧揚げ、太極拳。これも時間帯(以前8:45-9:45位?)
上海万博期間中は禁止されていたとか。。。
多分そうかな。。。
朝霧の濃い外灘を走るのも結構気持ち良かったです。

観光地としても有名な外灘エリア、ちょっとした歴史的なエピソードも
下記に載せてみたので、興味のある方はどうぞ。

ガーデンブリッジ(外白渡橋)
第2次上海事変後、蘇州河に掛る全ての橋に日本軍の
歩哨所が設けられ通行人と車輛は必ず検閲を受けねばならず、
中国人は兵士の前でお辞儀をしなければならない。
「敬礼」の度合いが不十分と見なされると容赦なく銃の台尻で
殴られたため、これを嫌う中国人は出来るだけ橋を渡らないようにした。
こして虹口は共同租界の中でますます孤立した地域となっていった。

パブリックガーデン(黄浦公園)
1868年外国人の憩いの場として外灘の北側に造られ、以後10年ほどの間は
身なりの良い上層中国人ならば入園が認められていた。
1881年、一部の中国人の入園が拒否され問題が持ち上がる。
「中国人には入園する権利がない」との租界政府(:注1 の見解により、多くの中国人からの
反撥を招く事に。1890年に蘇州河の南に土地を整備して中国人のための
新しい公園(華人公園)を作ったので中国人があえてパブリックガーデンに行く事は
なくなった。
1894年租界政府は改めて入園に関する規定を改定する。
以後公園の入り口には英文の看板が掲げられた。
1~6の条文に中に「西洋人に雇われた使用人以外の中国人は、すべて入ってはならない」
との文言に中国人の知識層からとりわけ屈辱的に感じられ以後、
不当性を訴えるたみに「犬」と「中国人」をひとまとめにして
「犬と中国人は入るべからず」と云う象徴的な表現を作ったのである。

(:注1
租界政府=工部局を指します。

榎本泰子箸「上海」中公新書より



« 中国人の不思議と日本人の特性 !? | トップページ | 【上海KFC事情】 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Morning Running in SHANGHAI:

« 中国人の不思議と日本人の特性 !? | トップページ | 【上海KFC事情】 »